ニコラエ・グリゴレスク Nicolae Grigorescu |
ニコラエ・グリゴレスク
Nicolae Grigorescu 最も好きなゲウルツトラミネールワインのラベルに、最も好きなルーマニア人画家、ニコラエ・グリゴレスク氏の「ヌード」という作品が描かれています。不思議な縁を感じたので、ルーマニアワイン愛好家の皆様に、ニコラエ・グリゴレスク氏と彼の作品の素晴らしさを紹介したいと思います。
ニコラエ・グリゴレスク(1838年5月15日 - 1907年7月21日)はルーマニアの近代絵画のパイオニアとして知られています。ルーマニアのドゥンボヴィツァ県のピタール村で生まれ、5歳の頃父親をなくしました。兄弟が多く、とても貧しい生活をしていたため、10歳の時、弟子として、イコン画家アントン・クラデックの工房に入りました。15歳になるまで、イコンの技術を学び、壁画イコンを描くようになりました。10代の頃は既に協会の壁画家として活躍し、素晴らしい才能で人々を驚かせました。
彼の才能が多くの人々に認められ、奨学金を得ることができ、1861年の秋、パリに出発し、フランス国立高等美術学校に入り、あの有名なルノワールと一緒に学びました。しかし、グリゴレスクはバルビゾン派の画家に惹かれ、パリを離れることにし、バルビゾン村に移りました。そこで、ミレー、コロー、クールベやルソー等の画家と一緒に学び、多くの作品を生み出しました。
1868年のサロン・ド・パリに出展し、ナポレオン3世が彼の作品を買い上げたエピソードも有名です。1869年に帰国し、1873年から1874年の間はイタリア、ギリシャ、オーストリアやトルコを旅しました。1877年にルーマニア独立戦争がおき、ルーマニア陸軍の従軍画家として、前線でスケッチし、いくつかの大作に仕上げました。
1889年のパリ万国博覧会に出展し、同じ年にルーマニアのアテネの展覧会にも出展しました。1890年までフランスを拠点に活動しましたが、1890年にルーマニアに戻り、人生の終わりまで、ルーマニアの田舎風景とルーマニアの少女の姿を描き続けました。1899年にルーマニア・アカデミーの名誉会員に選ばれました。
グリゴレスクはルーマニアに初めて「外光の美学」を導入し、初めて印象主義様式を試みた画家です。また祖国の自然を書いた詩人でもありました。グリゴレスクはルーマニアの民族絵画の代表的な画家として認められ、歿地のクンピナ市にグリゴレスク美術館が建てられました。
最後に、私の好きなグリゴレスクの名言を紹介したいです。
Sentimentul colorează, nu pensula. Poti colora c-o bucatica de carbune, si toate tuburile din lume nu-ti dau albastrul unei flori de inisor daca nu-l ai in suflet.
|